A New Democracy in the Making

 

2001年6月20日 Daily Yomiur掲載記事

 

上智大学法学部教授 猪口邦子氏

 

 日本ではいま、政治がブームである。経済のブームの再来ばかりを求めていた戦後日本の市民はここに来て経済より大事なことがあることを認め、政治発展を経済発展以上に現在の課題と考えるようになり、社会の新民主主義革命が起きているかのようである。従来、政治は不透明で利権がらみといったイメージがあり、市民の政治への関心も期待感も薄かったが、小泉純一郎総理の絶大な人気が触媒となって市民は政治の意義と面白さを再発見しつつある。いまや国会審議の中継はテレビのワイドショーより視聴率が高い。

 経済成長より大事なことがあると日本の市民が政治をとらえることができるようになったことによって、小泉総理はバブル経済後に相次いで政権を担当したほかの首相にはできなかった本格的な構造改革を決行する機会を得て邁進している。規制緩和などの構造改革は長期的には日本経済を蘇らせる唯一の道だが、短気的には不安や混乱を伴ったり、成長率が伸び悩むこともあり、有権者が目先の経済回復にのみ至上の価値をおく限りは遂行しにくい。従って過去の政権はむしろ旧態依然とした経済構造に景気回復用の資金を取り急ぎつぎ込み、結果的には構造改革を遅らせて不況の長期化を招いたのであった。1990年代は日本にとって失われた10年と言われるが、有権者が経済のみに価値をおいた結果、日本経済の失われた10年となったのであった。

 長期化した不況の奥で実は重要な深い変化が日本の市民層におきていたのだ。ひたすら成長に邁進することに国家も家庭も優先順位をおいた忙しい戦後数十年を経て、人々はふと息をつき、社会や人生や日本の未来にとって本当に重要なことを考える時間的な余裕を得たのかもしれない。不況は人々を経済的な苦境に追いやったが、そのなかでこそ日本の有権者は現状肯定の惰性から脱却し、またその過程において経済成長以外の人間社会の課題の重要性に気づき、そのすべてを総合して改革する政治の本来の使命を問うようになったのである。小泉総理の人気の本当の秘密は、評論家のいうような演説のうまさや、ダンディーな装いにあるのではなく、成長より大事な価値があることを直感し始めた日本の有権者の成長を知っているところにある。

 小泉内閣が、ハンセン病患者に対する差別を訴えた裁判で国側の全面敗訴の地裁判決が出たのち、国家としては控訴するほかはないとする政府内の大勢の意見に反して、突然、控訴断念の決断を自ら執務室前の廊下で新聞記者に告げたとき、有権者は政治とはこのようなことのためにあったことを、総理大臣とはこのような決定をしてくれるためにいることを確信したのである。その23週間後、今年の成長率が鈍化している報道があっても、小泉政権の支持率は全く揺るがなかった。また、小泉政権はジェンダー・イクオリティーの問題についても積極的であり、仕事と子育てを両立させるために不可欠な保育園不足を解消するための「待機児童ゼロ作戦」を採択した。そのことを告げる施政方針演説を聞いた女性有権者の「生まれて初めて総理大臣の施政方針演説を聞いて涙が出た。

政治ってすごいと思う。」という街角でラジオが拾った声などは、民主主義政治の可能性に目覚めた新たな有権者層が台頭しつつあることを示唆している。

 政治は正義あるfair decentな社会をつくるためにある。構造改革も既得権を共有する人々から経済を解放し、自由で創意工夫を競う機会を広く開くことを目指している。小泉政権は、高い支持率と市民意識の覚醒を活かし、民主主義とは、金儲けのことはさておき、有権者が人間社会の真の夢を求める限りにおいてその夢のかなう制度であることを示して、新たな内発的な民主革命を日本にもたらすべきである。