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フォーブス日本版04年7月号掲載 / 連載エッセイ「成功する国際交渉」第7回


国際社会が見守る効果


ケニアでの国際会議

 軍縮大使としてのジュネーブでの任務を終えて東京に戻っても、国連の軍縮分野で議長を務めた経緯からさまざまな依頼が舞い込む。
 4月下旬、ケニアのナイロビにて東部アフリカ地域の小型武器軍縮の閣僚会議が、数年にわたる議定書交渉の成否をかけて開催され、この分野の国連議長としての臨席を依頼された。
 ルワンダやエチオピアなど内戦に引き裂かれた諸国が、殺戮の手段となった小型武器について、地域規模の議定書の採択という法的強制力をもつ手法で軍縮を進め、悲惨な歴史を乗り越える努力を開始した。昨年7月にニューヨーク国連本部で開催された最初の小型武器軍縮実施に関する国連会議からわずか9か月のことである。
 最も被害の深い諸国はいち早く本格的な軍縮の実施へと立ち上がろうとしている。
 見届けてあげようと、20時間以上かけて会場に着く。

自負を問う

 先の国連会議では、中東アフリカ諸国などの被害国の声を議事運営と議長総括に最大限に反映するよう議長として心血を注いだ記憶がよみがえる。
 各国代表が、私の姿を認めるなり相次いで「あの国連会議で我々は勇気づけられ、実質的軍縮への努力を猛烈に加速させてきた」と述べてくれる。
 当初は、国連プロセスに懐疑的な態度も目立ったアフリカ諸国は、被害国がオーナーシップを実感できる国連プロセスを、という日本議長の方針に呼応して、会議終盤では被害国の軍縮への決意と米国ほか先進諸国の国際協力への意思を日本議長が引き出すことを可能にしてくれたのだった。
 ナイロビでの議定書交渉は容易ではなかった。
 各国の外相や内相が長時間の文言調整の交渉を直接行う姿は、現代世界の閣僚外交が儀礼的なものから実務的内容を担うものへと変質していることを思わせるとともに、アフリカにおける小型武器被害の政治的重さを物語ることにもなった。
 主催国ケニアのムショカ外相自らが精力的かつ効果的に交渉全体の取りまとめを進めるが、調印式は先送りとなるかもしれない、という懸念もつきまとう。
 休息時間に進む非公式協議。そこではさまざまな本音が噴出するが、「国連議長が来ている。国際社会が見ている」というささやきを聞くとき、万難を排してアフリカに赴くことの絶対的な意味を知ることになった。
 最終日の朝、閣僚らが最後の交渉に入る直前に、国連議長としての演説を行う。
 アフリカの成功こそが世界の成功につながること、被害国による連帯と軍縮の実施こそが国連軍縮プロセスを意味あるものにすること等々、アフリカの自負と小型武器軍縮の緊要性を問う長文の演説である。
 険しい交渉の経過を踏まえて、あらかじめ用意しておいた草稿の大半を前夜書き直すこととなったが、最終版のコピーが手際よく全参加国に配布された。
 浅見眞大使の指揮下で在ケニア日本大使館が完全なサポート体制を組み、交渉プロセスへの意味あるインプットを可能にしてくれたのだった。そのコピーを掲げてタンザニアの副大臣が発言してくれた。
 「この知的インプットに我々は応えなければならない」
 正午には、さまざまな譲歩が実って交渉が妥結し、アフリカの閣僚たちは調印式に臨んだ。私は、心からの拍手を送った。

リスクを算定する力

 交渉の合間の自由時間をどう過ごすか、観光ではなく集中力を維持できる有意義なことは何かを考えていると、議場を共にしてくれたケニア大使館の越智友佳子書記官が、スラムを見に行くのはどうかという。
 安全性の問題を問うと、大規模犯罪は数年にわたり発生していないこと、日本のNGOが医療分野に入っているので日本への信頼があること等を挙げた。
 その冷静な語り口にリスク算定を明確に行う判断力を感じ、直ちにキベラという70万人規模の大スラムに向かった。
 極端な貧困の深部。しかし、武器のない貧困社会にはどこかに未来への道がある。
 道端で炭を売っているので、
「暖房の必要のないナイロビでなぜ?」
 と聞くと、電気はないので、アイロンに熱した炭を入れてワイシャツをプレスするという。雇用を得るにはアイロンが欠かせないというその表情には、未来への道がある。
 小型武器はそのすべての道をふさぐであろう。スラムで軍縮の重要性を知る。
 帰り道、先行車の故障で、私たちの車両も道端でしばらく停車せざるを得ないことになった。
 スラムの人々がしだいに集まってくる。ドアや窓を完全に閉めるより、このような場合はドアを少し開けて会話をするとよい、と越智書記官はスワヒリ語で子供たちに話しかけ始めた。
 歌うような穏やかな口調。みるみる間に子供たちの表情と、後ろの母親たちの目が輝いてくる。去るときには皆が手を振ってくれた。
 その魔法のような会話はどのような内容であったのかを尋ねると、物静かな表情にもどって、つぶやいた。
 「ちょっと工夫がいるのですけど、日本人は白人ではないからね、とまず日本人は特別によい人という感じをうまく伝えるのです。そしてこの女性のお客さんはさらに特別によい人で、アフリカの友達だから大事ってね」
 国際交渉に成功する日本外交の本当に深い底力を見た思いがした。

(フォーブス日本版04年7月号掲載)

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