戦争と平和の歴史的な舞台として有名なジュネーブは、同時に人道主義の
源流を成す街でもある。そのジュネーブから軍縮大使としての任務を終えて
帰朝すると、日本は首脳レベルで人道問題に真正面から取り組む国家へと発
展していた。
小泉純一郎総理の再訪朝についてはさまざまな意見が渦巻いたが、この首
脳外交は国際政治の大局的な観点から見ると、少なくとも二つの点において
深いメッセージ性を帯びている。
第一に、小泉総理は、人道問題とはだれもが各々の立場で人間として最大
限のことを行うべきテーマであり、総理大臣もその例外ではないことを、世
界に示したのであった。
冷戦期の犠牲者である拉致被害者とその家族の救済という人道問題に対し
て、総理はまず、忍耐強くさまざまな外交努力を見守ったが、自らの重さを
かけることによってしか打開が不可能なことを見極めると、万人の予想を超
えるスピードで首脳外交を展開した。
忍耐とスピード。その巧みな組み合わせによって、総理は分断された二家
族の合流を実現し、残る問題についても解決への断固とした決意を示した。
政治とはそのようなことのためにあり、日本とはそのような人間観をもつ国
である、、、総理はだれよりも強く人道主義の実践哲学と新たな日本イメー
ジを発信したのであった。
第二に、総理の訪朝と再訪朝は、アジアに最後まで残った冷戦をついに終
結させることへの意思表明でもあった。冷戦は欧州に始まり、アジアで激化
し、欧州で先に終わり、アジアは未だその残影に苦悩している。
関係改善と国交正常化を視野に入れた日本の総理の旅路は、アジアにおけ
る最終的な冷戦終結をアジアの英知と勇気によってもたらす、という北朝鮮
としても共感するであろう高潔なメッセージを含んでいた。核軍縮・不拡散
も、冷戦終結という大状況の認識を共有するなかで実現していく必要があろ
う。
敵対してきた国家やコミュニティーの和解は現代世界の優先課題であり、
和解へのプロセスは、真相解明への誠実な合意からしか始まらない。「真実
と和解と軍縮」のトライアッド(三本柱)こそが21世紀世界の課題である
ことを、日本の宰相は、2004年の五月晴れの土曜日、朝鮮半島への空路
から世界に告げたのであった。
(小泉内閣メールマガジン 第143号 http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2004/0610.html)